税務と社会保険は、別の制度
役員社宅の説明でよく見かけるのが「社宅にすれば社会保険料も下がる」 という話です。ここには飛躍があります。 税務で給与として課税されないことと、 社会保険の報酬に入らないことは、別の判定だからです。
税務では、固定資産税の課税標準額から計算した賃貸料相当額を使います。 社会保険では、厚生労働大臣が定める現物給与価額を使って住宅を報酬に換算します。 もとにする数字がそもそも違うので、 片方の結論をもう片方に当てはめることはできません。
なぜ2つに分かれているのか。税と社会保険は、作られた目的が違うためです。 所得税は、その人にどれだけの担税力があるかを測って課す税です。 社会保険は、働いたことへの対価をもとに保険料と将来の給付を決める仕組みで、 給付の計算にも同じ数字を使います。 同じ「報酬」という言葉を使っていても、何を測ろうとしているかが違うので、 数え方もそろっていません。
社会保険で使うのは、現物給与価額
報酬や賞与の全部または一部が通貨以外のもので支払われる場合、 その価額は厚生労働大臣が定めることとされています。 住宅もそのひとつで、都道府県ごとに1か月あたりの価額が決まっています。
報酬に乗る額は、この価額で換算した額から、本人が負担している額を差し引いた残りです。 全額を本人が負担していれば、報酬に乗るものはありません。
最新の価額は役員社宅の税務ルールのページから辿れる一次情報(日本年金機構の全国現物給与価額一覧表)で確かめてください。 年度で改定されるため、ここには数字を書きません。
ここで気をつけたいのが、本人負担の扱いです。 税務と同じように、社会保険でも本人が負担しているぶんは差し引きます。 ただし差し引く相手が違います。税務では賃貸料相当額から、 社会保険では現物給与価額で換算した額から引きます。 同じ3万円を受け取っていても、引かれる相手が違えば残る額も違う、 ということになります。
実際、同じ部屋で同じ負担額でも、税務の差額はごくわずかなのに、 社会保険では数万円が報酬に乗る、という組み合わせが起こります。 税務の計算が固定資産税の課税標準額から出ているのに対し、 社会保険の計算は面積に単価を掛けているだけなので、 2つの額が近い値になる理由がそもそもありません。
面積の数え方が、2026年10月に変わった
住宅の現物給与価額には、2026年10月1日からの大きな変更があります。 単位が1畳あたりから、総面積1㎡あたりに変わりました。 面積の数え方も、同時に変わっています。
| 時期 | 単位 | 数える面積 |
|---|---|---|
| 2026年9月30日まで | 1畳あたり | 居間・寝室・客間・書斎など、居住用の室の畳数。玄関・台所・トイレ・浴室・廊下は含めない |
| 2026年10月1日から | 総面積1㎡あたり | 住宅の床面積の合計。台所・トイレ・浴室・廊下も含む。別棟の物置・車庫や、共同で使用している部分は除く |
報酬に乗ってから、等級に丸められる
報酬に乗った額が、そのまま保険料になるわけではありません。 健康保険と厚生年金の保険料は、報酬月額を等級に丸めた標準報酬月額に料率を掛けて決まります。
この順番のため、わずかな差で等級が1つ上がることがあります。 現物給与が乗ったことで等級が上がれば、保険料はその段のぶんだけ増えます。 逆に、等級が変わらない範囲の増え方なら、保険料は動きません。
等級の仕組みそのものは標準報酬月額とは?にまとめてあります。上限があること、見直される時期が決まっていることも、 そちらで確かめられます。
役員報酬が高い場合には、別の見方も要ります。 標準報酬月額には上限があり、すでに上限の等級に当たっているなら、 現物給与が乗っても保険料は増えません。 社宅にしたときに社会保険料がどう動くかは、 いまの報酬が等級表のどのあたりにあるかで変わる、ということです。 等級の真ん中あたりにいる人ほど、影響を受けやすくなります。
増えるのは、本人と会社の両方
健康保険と厚生年金の保険料は、本人と会社で折半します。 現物給与が乗って等級が上がると、両側の負担が同時に増えます。
- 本人の負担が増えます。毎月の手取りが減ります
- 会社の負担も同じだけ増えます。家賃とは別に出ていく費用です
- 厚生年金の等級が上がれば、将来受け取る年金額は増えます。保険料が増えるぶんが、まるごと消えるわけではありません
将来の年金が増えることは、見落とされやすい一方で、 増え方を大きく見積もるのも正確ではありません。 厚生年金の報酬比例部分は、加入期間中の報酬の平均をもとに計算されます。 社宅にしていた数年のあいだ等級が1つ上がっていたとしても、 それが平均に与える影響は、加入期間全体で薄まります。 「保険料が増えるぶんは年金で戻る」と単純に相殺できる話ではありません。
逆に、保険料が増えること自体を避けたいなら、 本人の負担額を上げるという選択もあります。 現物給与価額で換算した額から本人負担を引いた残りが報酬に乗るので、 受け取る額を増やせば、乗る額はその分だけ小さくなります。 ただし本人の手元に残る現金は減るので、どちらが有利かは、 等級が動くかどうかまで見ないと決まりません。
会社側の負担が増えることは見落とされがちです。 家賃を会社が負担して経費にしたぶん、社会保険料でも会社が出す、 という形になり得ます。会社と個人を合わせていくら変わるかを試算すると、この両側を入れた差が出ます。
現金の住宅手当との違い
住宅を現物で貸すのではなく、現金で住宅手当を出す場合は、 現物給与の話になりません。その全額が報酬です。 税務でも給与として課税されます。
| やり方 | 税務 | 社会保険 |
|---|---|---|
| 現金で住宅手当を支給する | 全額が給与 | 全額が報酬 |
| 会社が借りて貸し、相当額を受け取る | 足りない差額だけが給与 | 現物給与価額から本人負担を引いた残りが報酬 |
住宅手当のほうが手続きは簡単です。契約の名義を変える必要も、 社宅規程を整える必要もありません。 そのかわり、支給した全額が税でも社会保険でも報酬として扱われます。 手間を省くか、扱いの違いを取りに行くか、という選択になります。
同じ金額を会社が負担しても、やり方で扱いが変わります。 社宅にする意味があるのはここで、 手当として配るのと、住宅を貸すのとでは、 税務でも社会保険でも通る道が違います。
決める前に確かめること
社会保険の側で確かめることは、税務とは別に並びます。
- 1その事業所が所在する都道府県の、住宅の現物給与価額
- 2貸す住宅の総面積(2026年10月1日からは台所・トイレ・浴室・廊下も含めて測る)
- 3本人から受け取る額。社会保険でも、本人負担のぶんは差し引く
- 4乗せたあとの報酬月額で、標準報酬月額の等級が上がるかどうか
- 5加入しているのが健康保険組合なら、規約で別段の定めがないか
面積は、図面から拾うのがいちばん確実です。 賃貸借契約書に専有面積が書かれていますが、 そこに台所や浴室が含まれているかは契約書の書き方によります。 2026年10月からの数え方では、別棟の物置や車庫、 共同で使用している部分を除いた床面積の合計を使うので、 何を足して何を除いたかを、計算の控えとして残しておいてください。 あとで確かめ直すときに、同じ面積から再計算できます。
等級が動くかどうかは、算定基礎届や随時改定の扱いにも関わります。 標準報酬月額は毎年の算定基礎届で見直されるほか、 固定的な賃金が変わって一定の幅を超えると、 年の途中でも随時改定の対象になります。 現物給与が加わることが、この「固定的な賃金の変動」に当たるかどうかは、 始めた時期と金額の動き方によります。
社宅を始める時期と、報酬月額が見直される時期の関係は、 社会保険労務士に確認するのが確実です。 税理士に税務の相談をしていても、社会保険の手続きは別の専門になります。 両方を同じ人に確かめたつもりで、どちらも抜けていた、 ということが起こりやすいところです。
