親の実家を相続した。誰も住まない。売るか、貸すか、持ち続けるか。この3つを比べる前に、確かめることがあります。名義が自分になっているか、そして期限のあるものがいくつ走っているか。この記事は、判断の順番を整理します。
まず、名義が自分になっているか
売ることも貸すことも、名義が自分になっていなければできません。遺産分割が終わっていない、相続人が複数いて話がついていない、登記が亡くなった親の名前のまま。この状態では選べる手が1つもありません。
相続登記には申請の期限があります。法務省は、相続により不動産を取得した相続人は、その所有権の取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならないとしています(不動産登記法第76条の2第1項)。正当な理由なくこの義務に違反した場合は、10万円以下の過料の適用対象になります(同法第164条第1項)。
2024年4月1日より前に発生した相続も対象です。この場合の期限は2027年3月31日までです。古い相続で登記が済んでいないものがあるなら、ここが先に来ます。
遺産分割がまとまらない場合の手もあります。相続人申告登記という制度で(同法第76条の3)、自分が相続人であることを申し出て登記官に登記してもらうことで、3年以内の申請義務を履行したものとみなされます。ただしこれは基本的な義務の履行だけで、遺産分割が成立したあとの追加的な登記の義務を履行することはできません。先送りではなく、期限を一段ずらす手段です。
相続人申告登記は、持分の割合までは登記されません。所有権の登記ではないので、これだけでは売れません。売ることを考えているなら、遺産分割を成立させて所有権の登記をする必要があります。
持ち続ける費用は、年数に比例して増える
持ち続けるという選択は、何もしないことではありません。毎年、決まった額が出ていきます。固定資産税と都市計画税、火災保険料、マンションなら管理費と修繕積立金、見回りと手入れの費用、遠方なら交通費です。
年額だけ見ているあいだは大きく感じません。年数をかけた時点で見え方が変わります。年額に5年、10年、20年をかけ、さらに物価や管理費の上昇を乗せます。
ここで効くのが期間を決めているかどうかです。「いつか売る」のまま10年が過ぎれば、10年分の維持費を払ったことになります。年数は自分で決められるので、累計も自分で決めていることになります。
費目ごとの内訳と、分からない費目をどう扱うかは空き家の維持費はいくら?で整理しています。分からないものを0円にすると、累計そのものが小さく出ます。
管理をやめるという選択は、費用を止めません。空家法の指導や勧告の対象になり、勧告を受けると住宅用地の特例から外れて税が上がります。手入れをやめても、出ていく額は減りません。
指導と勧告の段階は管理不全空家とは?で整理しています。
売る側の手取りは、売値ではない
売る側を見るときに、売値をそのまま比較に使うと答えがずれます。売値から引かれるものがあります。
仲介手数料は、宅地建物取引業者に支払う報酬で、上限が国土交通大臣の告示で定められています。売買価格に応じた率で計算するため、売値が上がれば手数料も増えます。売買契約書には印紙税がかかり、こちらも契約金額の区分で決まります。
そのほかに、測量が必要なら測量費、建物を取り壊して土地として売るなら解体費、残っている家財の処分費がかかります。遠方なら手続きのための交通費も実費です。
- 仲介手数料(売買価格に応じた率。上限が告示で定められている)
- 印紙税(売買契約書にかかる。契約金額の区分で決まる)
- 測量費・境界確定の費用(必要な場合)
- 解体費・家財の処分費(土地として売る場合)
- 譲渡所得への課税(別に計算する)
譲渡所得への課税は、この手取りからさらに差し引かれます。相続した空き家を売る場合には、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります。ただし売値から引く制度ではなく、譲渡所得から引く制度です。要件と期限があり、期限は2つあって早いほうが締切になります。
控除の上限と期限は相続空き家の3,000万円控除に、国税庁の公表内容から取った数字と、相続した年ごとの締切の表を置いています。
いま売るのと並ぶには、将来いくらで売る必要があるか
「もう少し持ってから売る」と考えるときに、実際には2つのものを引き受けています。その間の維持費と、その時点の売値が分からないことです。
比べ方は1つです。いま売ったときの手取りと、n年後に売ったときの手取りから、その間の維持費の累計を引いた額を並べます。
手取りで並ぶ必要があるので、売値はこれより大きくなります。仲介手数料と印紙税は売値に応じて増えるため、必要な手取りを売値に戻すには、引かれる分も上乗せして逆算します。この逆算は手ではやりにくいので、計算させるほうが確実です。
出てきた金額を見て、その値段で売れそうかを考えます。10年後にその値段がつくと思えるなら持つ理由があり、思えないなら持つほど差が開いていきます。判断材料は、相場の予想ではなく、必要な値段のほうです。
累計の維持費と、並ぶために必要な将来の売却価格を出すと、1年・5年・10年・20年それぞれの金額が並びます。
貸すという選択もあります。ただし賃貸にすると、入居者を入れるための修繕費が先に出ます。空き家のまま募集して埋まらない期間も、維持費は続きます。賃料から管理費と税を引いた残りがいくらかを出してから比べることになるため、売る・持つの比較とは別の試算が必要です。
期限のあるものから数える
選択肢を比べる前に、期限のあるものを並べます。期限は待ってくれないので、比べているあいだに1つずつ閉じていきます。
| 期限のあるもの | いつまで | 過ぎると |
|---|---|---|
| 相続登記の申請 | 所有権の取得を知った日から3年以内 | 10万円以下の過料の適用対象になる |
| 相続放棄の申述 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内 | 相続を承認したものとして扱われる |
| 相続税の申告・納税 | 被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内 | 延滞税・加算税がかかる |
| 相続空き家の3,000万円控除 | 相続から3年を経過する日の属する年の12月31日と、制度の期限の早いほう | 控除が使えなくなる |
相続放棄は裁判所、相続税は国税庁、相続登記は法務省、控除は国税庁の公表内容によります。期間の数え方はそれぞれ違います。
この4つは起点も長さも違います。同じ「相続から3年」でも、相続登記は所有権の取得を知った日から3年以内で、控除は3年を経過する日の属する年の12月31日までです。控除のほうは、相続が年の何月でも締切が12月31日になります。
2024年4月1日より前の相続で登記が済んでいないものは、2027年3月31日が期限です。古い相続を抱えているなら、売るか持つかより先にここを片付ける順番になります。
決めないことにも費用がかかる
売るか持つかを決めないという状態は、中立ではありません。決めないあいだ、維持費は持ち続ける側の金額で出ていきます。そして期限のあるものは、決めていなくても進みます。
決められない理由が、金額が分からないことなら、金額を出せば動きます。固定資産税の年額は納税通知書に載っています。管理費は引き落ちの記録から分かります。仲介手数料の上限は告示で決まっています。分からないままになっている費目は、調べれば分かるものがほとんどです。
決められない理由が、相続人の間で話がついていないことなら、そちらが先です。話がつかない状態でも相続人申告登記で申請義務は履行できますが、売ることはできません。期限のほうは進むので、放置した分だけ選べる手が減ります。
決められない理由が、実家を手放すことへの気持ちなら、それは金額の話ではありません。ただ、持ち続ける費用がいくらかは出せます。金額を知ったうえで持つのと、知らずに持つのは違います。知って持つなら、それは選択です。
名義が自分になっているかを先に確かめ、期限のあるものを並べます。そのうえで、累計の維持費と売った場合の手取りを並べれば、いま売るのと並ぶために将来いくらで売る必要があるかが出ます。
