入る保険そのものが入れ替わる
法人化したときの社会保険の話は、「保険料が上がる」と説明されることが多いのですが、 実際に起きているのは金額が上がることではありません。入る制度そのものが別のものに入れ替わります。
個人事業主は、国民健康保険と国民年金に入ります。どちらも本人が全額を払います。 法人になって役員報酬を受け取ると、この2つから抜けて、健康保険と厚生年金に入ります。 名前が似ているので同じものの延長に見えますが、保険料の決まり方も、 払う人も、将来受け取れるものも違います。
大きな違いは2つです。1つは、保険料を本人と会社で分けて払うようになること。 もう1つは、会社だけが負担するものが1つ増えることです。 個人事業のときは「払う人」が1人しかいなかったので、 この分け方そのものが新しく出てきます。
国民年金は、所得にかかわらず1人あたり同じ額です。 いっぽう厚生年金は報酬の額で決まります。 つまり法人化すると、年金の保険料が「定額」から「報酬に応じた額」に変わります。 報酬を高く設定するほど保険料も大きくなるという関係が、ここで初めて生まれます。
代表者1人でも、入るかどうかは選べない
法人は、従業員がいなくても健康保険と厚生年金の適用事業所になります。 役員1人だけの会社でも、報酬を受け取っているなら原則として加入の対象です。 個人事業のときのように「国民健康保険のままでいる」という選び方はできません。
税金のほうは、年ごとの申告や役員報酬の決め方である程度は調整できます。 社会保険はそれとは性質が違い、法人という形をとった時点で付いてきます。 法人化を検討するときに、税だけを比べて決められない理由がここにあります。
報酬をゼロにすれば加入の対象から外れる場合もありますが、 そうすると生活費を会社から受け取れません。 役員報酬を受け取りながら社会保険だけを避ける、という選択肢は基本的にありません。
会社負担も、自分の会社から出ていく
健康保険と厚生年金の保険料は、本人と会社で折半します。 給与明細に出てくるのは本人負担のぶんだけなので、 「負担が半分になった」と感じることがあります。
ただし、自分が株主で自分が代表の会社では、会社の負担も自分のお金です。 会社から出ていく現金という意味では、本人負担と会社負担を合わせた額が、 実際に動いている金額になります。
| 個人事業のとき | 法人にしたあと | |
|---|---|---|
| 医療の保険 | 国民健康保険(本人が全額) | 健康保険(本人と会社で折半) |
| 年金 | 国民年金(本人が全額・定額) | 厚生年金(本人と会社で折半・報酬で決まる) |
| 会社だけの負担 | なし | 子ども・子育て拠出金 |
| 保険料の土台 | 前年の所得や世帯の人数など | 役員報酬を段階に区切った額 |
表の最後の行にあるとおり、土台の作り方も違います。 国民健康保険は前年の所得や世帯の人数で決まり、市区町村ごとに計算式が違います。 健康保険と厚生年金は、役員報酬を段階に区切った額にそれぞれの料率をかけます。
保険料は、役員報酬の決め方で変わる
法人の社会保険料は、役員報酬の額を段階に区切った標準報酬月額という額にかかります。 報酬そのものに料率をかけるのではないので、 報酬を数千円動かしても保険料が変わらないことがあります。
ここが個人事業との大きな違いです。個人事業のときは、 保険料を決めるのは前年の所得で、自分で選べるものではありませんでした。 法人では、役員報酬をいくらにするかを自分で決めるので、 その決定がそのまま保険料を動かします。
報酬を低くすれば保険料は下がります。ただし会社に残ったお金は、 個人が自由に使えるお金ではありません。あとで役員報酬・配当・退職金などで 個人へ移すときに、改めて税がかかります。 保険料だけを見て報酬を下げると、別のところで取り返されます。
上限があるので、増え続けるわけではない
標準報酬月額には上限があり、それを超えると報酬を増やしても保険料は増えません。 しかも上限は厚生年金と健康保険で位置が違い、 厚生年金のほうが先に止まります。 報酬の水準によっては、増やしても片方しか増えない範囲があります。
役員報酬を具体的にいくらにするかは、この記事の範囲を超えます。 手取り・会社に残る額・税と社会保険を同時に並べた役員報酬の診断のほうで扱っています。
増えるのは負担だけではない
保険料が増えるぶん、受け取れるものも増えます。 負担だけを数えて「損」と結論づけると、片側しか見ていないことになります。
- 厚生年金に入るので、将来受け取る年金は国民年金だけのときより増えます
- 健康保険には傷病手当金があります。病気やけがで働けない期間の所得を補うもので、国民健康保険には基本的にありません
- 出産手当金も健康保険の給付です。こちらも国民健康保険にはないのが通常です
とくに厚生年金は、払った保険料が将来の受取額に反映されます。 役員報酬を下げて保険料を抑えると、そのぶん将来の年金も減ります。 保険料を単純なコストとして削ると、削った額は将来の受け取りからも消えます。
比べるときは、負担の増加と受け取りの増加を別々に見てください。 1年の現金だけで比べると、負担しか目に入りません。 いっぽう受け取りは何十年も先の話なので、 いま必要な現金が足りているかどうかとは別に考える必要があります。
家族の扱いも変わる
国民健康保険には、扶養という考え方がありません。 家族の人数が増えればそのぶん保険料が増える仕組みです。 国民年金も、第1号被保険者は1人ずつ納めます。
健康保険では、収入などの条件を満たす家族を被扶養者にできます。 被扶養者が増えても、健康保険の保険料は変わりません。 家族の人数が多い世帯では、この差が大きく出ることがあります。
配偶者については、厚生年金の被保険者に扶養されている配偶者が 国民年金の第3号被保険者になる仕組みがあります。 条件を満たせば、配偶者ぶんの国民年金保険料を納める必要がなくなります。 個人事業のときに夫婦2人ぶんの国民年金を納めていた世帯では、 ここが動く額として出てきます。
家族の構成によって結論が変わるのは、社会保険が世帯の事情で金額が動く仕組みだからです。 税のほうは本人の所得でほぼ決まりますが、社会保険はそうではありません。 法人化の比較で家族の話を外せないのは、この性質のためです。
