元本が減らないことと、価値が減らないこと
預金は元本が減りません。100万円を預ければ、来年も100万円あります。 ただしこれは金額が変わらないという意味であって、その金額で買えるものが変わらないという意味ではありません。
物価が上がった年を考えます。去年100万円で買えたものが、 今年は103万円になっていたとします。預金の100万円は減っていませんが、 同じものが買えなくなっています。この差が、実質的な目減りです。
普通預金の金利が年0.2%、物価の上昇が年3%なら、差し引き2.8%のマイナスです。 金額は0.2%増えていますが、買えるものは2.8%減っています。
注意しておきたいのは、これは毎年必ず起きることではないという点です。 物価がほとんど動かない年もあれば、下がる年もあります。 預金の金利のほうが高い時期には、逆に買えるものが増えます。 ここで言えるのは「必ず損をする」ということではなく、金額を見ているだけでは判断できないということです。
物価の動きは、総務省統計局が消費者物価指数として毎月公表しています。 自分の生活実感と一致しないこともありますが、 預金の金利と並べて見る数字としては、これが基準になります。
目減りが明細に出ない
投資信託なら、値下がりすれば評価額が下がって画面に出ます。 痛みが見えるので、対処するかどうかを考えます。
預金の目減りは、どこにも表示されません。 残高は増えこそすれ減らないので、損をしている実感がないまま進みます。 これが、預金だけを持つことの難しさです。判断のきっかけが来ません。
| 預金 | 値動きのある商品 | |
|---|---|---|
| 元本 | 減らない | 減ることがある |
| 買えるものの量 | 物価次第で減る | 物価次第で減る/増える |
| 減ったことが見えるか | 見えない | 見える |
| いつ使えるか | その日 | 売却してから |
この表で言いたいのは、預金が悪いということではありません。すぐ使えることは預金にしかない性質で、 生活防衛資金や近い将来使うお金は、この性質のためにこそ預金に置きます。
問題になるのは、使う予定のないお金まで預金に置いているときです。 10年使わないお金に、その日引き出せる性質は要りません。 その性質のために、目減りを受け入れていることになります。
「見えない」ことのもうひとつの影響は、比べる相手がいなくなることです。 投資信託を持っていれば、指数と比べて良かったか悪かったかを考えます。 預金だけを持っていると、比べる相手が去年の自分の残高しかありません。 残高が増えていれば前進しているように見えますが、 その間に物価がどう動いたかは、意識して調べないかぎり視界に入りません。
「多すぎる」とはどの状態か
金額では決まりません。1,000万円が多すぎる人もいれば、足りない人もいます。 基準になるのは、備えとして必要な額をどれだけ超えているかです。
ToMiの診断では、もっとも厚い12か月分を残してもなお同額以上が残る場合に 「現金過多型」と判定しています。 月の必須支出が25万円なら、12か月分は300万円。 それを引いて300万円以上が残る、つまり預金600万円以上がこの状態にあたります。
注意したいのは、目的が決まっていれば「多すぎる」にはならないということです。 3年後に住宅を買うために貯めている1,000万円は、 目的の決まったお金です。値動きのある商品に移すべき性質のものではありません。
逆に言えば、「多すぎる」という判定が出たときにまずやることは、 投資先を探すことではなく目的を思い出すことです。 子どもの進学費用、住み替え、車の買い替え、親の介護。 金額と時期を書き出してみると、余っていると思っていた分の多くに すでに行き先があった、ということは珍しくありません。
書き出したうえで、それでも行き先のない分が残る。 そのときにはじめて、置き場所を検討する段階になります。
預金保険で守られる範囲
預金が大きくなると、もうひとつ確認しておくことがあります。 預金保険制度で保護されるのは、1金融機関あたり預金者1人につき元本1,000万円までとその利息です。
- 普通預金・定期預金などは、合算して1金融機関あたり1,000万円までが保護対象
- 決済用預金(無利息・要求払い・決済サービスを提供できる預金)は全額保護
- 1,000万円を超える分は、金融機関が破綻した場合の状況に応じて支払われる
- 同じ金融機関の複数の支店に分けても、合算されるため意味はない
対応は単純で、金融機関を分けることです。 1,500万円を1行に置くより、2行に分けたほうが保護の範囲に収まります。 手続きは口座を作って移すだけで、費用もかかりません。
分ける手間を減らしたい場合は、超えた分の置き場所を変えるという方法もあります。 個人向け国債は預金保険の対象ではありませんが、 発行しているのが国であるため、金融機関の破綻とは切り離されます。 証券会社が破綻しても、預けている国債は分別管理されており、投資者保護基金による補償の対象にもなっています。
全額を投資に回すという話ではない
「預金が多すぎる」と聞くと、投資を勧められていると受け取られがちですが、この記事はそういう話ではありません。順番の話です。
先に生活防衛資金を確保し、次に近い将来使うと決まっている支出を分けます。 その残りが、動かしてよい上限です。 上限が分かってから、置き場所を考える順番になります。
置き場所は投資だけではない
- 金利の高い預金に移す:手続きが軽く、元本も減りません。まずここから検討できます
- 個人向け国債:満期前に換金しても国が額面で買い取ります。ただし発行から1年間は換金できません
- 借入の繰上げ返済:借入があるなら、預金の金利より借入の年率のほうがはるかに高いのが普通です
- 値動きのある商品:長く使わないお金なら選択肢に入りますが、必ず余裕資金の範囲で
どの置き場所がいくら効くかは、金額と条件で変わります。 預金を国債にしたら、 住宅ローンを繰上げ返済したら は、それぞれ金額を入れて比べられます。
超えた分をどうするか
手順としては3つです。順番を入れ替えないことだけが条件になります。
- 上限を出す:預金額・月の必須支出・1年以内の支出から、動かしてよい額を計算します
- 全額を動かすと決めない:上限の半分から始める、いくつかに分ける、で構いません
- 置き場所を比べる:借入があるなら返済、なければ預金の金利や国債から
最初の上限は 生活防衛資金の診断 で出せます。 預金額と月の必須支出を入れるだけで、3・6・12か月分それぞれの余裕資金が出ます。 置き場所を比べる段階に進むのは、この上限が出てからで間に合います。
最後に、増やすことだけが答えではない点を書いておきます。 預金が厚いことには、選択肢が広いという価値があります。 仕事を変えるとき、住む場所を変えるとき、家族の状況が変わったとき。 そのときに動けるかどうかは、手元にいくらあるかで決まります。
目減りを気にして、必要な備えまで動かしてしまうのは本末転倒です。 この記事が言っているのは、備えを超えた分については一度考える価値がある、 というところまでです。
考えた結果、預金のままにするという結論でも構いません。 値動きのある商品を持つと、下がった時期に落ち着いていられるかどうかという別の負担が生まれます。 そこに耐えられないと分かっているなら、金利の高い預金に移すだけでも十分な選択です。自分が続けられる方法かどうかは、期待できる利回りと同じくらい重要な条件になります。
決めたら、その理由を一行でも残しておくことをおすすめします。 「1年以内に使う予定がないので、300万円を国債にした」と書いておけば、 次に見直すときに、前回の自分が何を前提にしていたかが分かります。 金額だけが残っていると、そこから先の判断がまた最初からになります。

