繰上げ受給とは
老齢年金は、本来の65歳より早く受け取ることができます。これを繰上げ受給といいます。 60歳から請求でき、早めた月数だけ年金額が減ります。
ここまでは繰下げ受給の裏返しに見えます。実際、計算の形は同じです。 違うのは、繰上げは決めたら戻せないという点です。 この記事でいちばん伝えたいのは減額率の大きさではなく、そちらのほうです。
もうひとつ、繰上げには「請求できる年齢の下限」があります。60歳です。 59歳で受け取ることはできません。 そして、繰り上げた場合でも、受給資格期間(原則10年)を満たしていることが前提になります。 期間が足りていなければ、そもそも老齢年金を受け取れません。
減額率は生年月日で変わる
減額率は、令和4年4月の改正で下がりました。ただし、対象は昭和37年4月2日以降に生まれた方です。 それ以前に生まれた方の減額率は変わっていません。
同じ改正で繰下げの上限年齢も延びましたが、こちらの境目は昭和27年4月2日です。2つの境目は10年ずれています。 「令和4年の改正で両方変わった」と一括りにすると、 あいだの世代の計算を必ず間違えます。
昭和27年4月2日から昭和37年4月1日までに生まれた方は、 「繰下げは75歳まで、繰上げの減額率は改正前のまま」という組み合わせになります。 この世代を、改正前とも改正後とも別に扱わないと、金額がずれます。
なぜ2つの改正で境目がずれているのかというと、 繰下げの上限延長は「長く働く人が増えたことへの対応」、 減額率の見直しは「平均余命が延びたことを織り込んだ計算のやり直し」で、 もともと別の理由から出てきた変更だからです。 同じ月に施行されたので1つの改正に見えますが、対象の考え方が違います。
取り消せない、という一点
繰上げ請求は、あとから取り消せません。 65歳になっても、元の額には戻りません。
「65歳までのつなぎとして早めに受け取り、65歳から本来の額にする」ということはできません。 この誤解は実際によくあります。図の下の線が65歳を過ぎても上がらないこと、 それがこの制度のいちばん大事な性質です。
もう1つ、繰上げには「請求してから支給が始まるまでの時間差」もあります。 請求した月の翌月分から支給が始まり、実際の振り込みはさらに後になります。 収入が途切れる時期に合わせて請求するつもりなら、この時間差を見込んで動く必要があります。 手続きを始めてすぐに入金される制度ではありません。
繰下げと並べると、非対称なことが分かります。 繰下げは待っているだけなので、途中で気が変われば請求すればよい。 繰上げは請求した瞬間に確定します。迷いのコストが、片方にだけかかっています。
金額以外に影響すること
繰上げで変わるのは年金額だけではありません。 金額の比較だけで決めると、ここが抜けます。
- 障害基礎年金を請求できなくなります。繰上げ請求のあとに初診日のある病気やけがでは、障害基礎年金を受けられません。
- 寡婦年金が受けられなくなります。繰上げ請求をすると、寡婦年金の権利は消えます。すでに受けている場合は受給権が失われます。
- 国民年金の任意加入や、保険料の追納ができなくなります。加入期間を増やして年金を厚くする道が閉じます。
- 遺族厚生年金との組み合わせに制限が出る場合があります。65歳になるまでは、どちらか一方を選ぶことになります。
このうち障害基礎年金の点は、特に重く見ておいてください。 繰上げ請求のあとに初診日のある病気やけがでは、 どれだけ重い状態になっても障害基礎年金を請求できません。 60代前半は、体調が変わりやすい時期でもあります。年金額の損得とは別の軸の話として扱ってください。
どれも「請求してから気づく」種類のものです。 金額の損得だけを計算していると、そもそも視界に入りません。 年金事務所で請求の手続きをするときに説明はありますが、その場で判断できる内容ではありません。先に知っておいてください。
60歳か65歳か、の二択ではない
繰上げは1か月きざみで請求できます。 63歳6か月から受け取る、という選び方ができます。
繰り上げる月数が少ないほど、減額も小さくなります。 「60歳から受け取ると◯%減る」という説明を見て、 それが繰上げの唯一の形だと思う必要はありません。
| 請求する年齢 | 繰り上げる月数 | 減る割合 |
|---|---|---|
| 64歳0か月 | 12か月 | 12 × r |
| 63歳0か月 | 24か月 | 24 × r |
| 62歳0か月 | 36か月 | 36 × r |
| 60歳0か月 | 60か月 | 60 × r |
繰り上げる月数と、減る割合の関係(減額率をrとした場合)
率を掛けるだけの単純な形です。1か月早めるごとに、生涯の年金額が一定の割合ずつ減っていくと考えてください。 収入が途切れる期間が2年だけなら、繰り上げるのも2年ぶんで足ります。
それでも繰り上げる価値がある場合
繰上げは損だ、と決めつけるつもりはありません。 累計額で見て少なくなることと、その人にとって間違いであることは別です。
- 働けなくなり、65歳までの収入が途切れる。生活を成り立たせるほうが先です。
- 健康上の理由で、長く受け取れる見込みが低いと本人が判断している。
- 資産を取り崩して待つより、年金を受け取って資産を残したい。
- 使えるうちに使いたい。80代の100万円と、65歳の100万円は、同じ100万円ではありません。
3番目の「資産を残したい」という理由も、実務ではよく出てきます。 65歳から70歳まで年金なしで暮らすには、その分を資産から出すことになります。 資産を減らしたくない人にとっては、 年金を受け取って資産に手をつけないほうが落ち着く、ということがあります。増える年金額と、減る資産のどちらを見るかで結論が変わります。
最後の項目は、数字にならないぶん軽く扱われがちですが、 実際の判断ではいちばん重いことがあります。 累計額の比較は「何歳まで生きるか」を当てにいく計算で、受け取ったお金で何ができるかは数えていません。
ただし、それを踏まえたうえでも、繰り上げる月数は最小限にしておくほうがよいと考えます。 収入が途切れる期間が3年なら、5年ぶん繰り上げる理由はありません。減額は生涯続くので、余分に繰り上げた分も生涯続きます。
請求する前に確かめること
繰上げを考えているなら、請求の前に確かめておくことが3つあります。
1. 自分の減額率
生年月日で変わります。境目にあたる方は、1日違いで生涯の額が変わります。 ねんきん定期便の見込額は65歳から受け取る前提の額なので、 そこから自分で計算することになります。
年金事務所では、繰上げによって減る額を試算してもらえます。 ただし出てくるのは「減った額の月額」であって、 生涯でいくら違うかではありません。累計での比較は自分で用意することになります。
2. 金額以外の影響
障害基礎年金・寡婦年金・任意加入。当てはまるかどうかは加入記録と家族の状況で決まります。 年金事務所で、自分の記録を見ながら確かめてください。
3. 何歳まで受け取る前提で比べているか
繰上げが累計額で不利になるのは、長く受け取った場合です。 比べる期間を80歳にするか95歳にするかで、答えは逆になります。1つの前提で出した結論を、答えとして受け取らないでください。
自分の生年月日で、繰上げから繰下げまでの選べる開始時期をすべて計算した結果は年金、何歳から受け取ると累計額が多くなる?で確かめられます。比べる期間を変えたときに答えがどう動くかも、その場で見られます。

