損益分岐点とは
年金を早く受け取れば額は小さくなり、遅く受け取れば大きくなります。 早く始めたほうは先に積み上がり、遅く始めたほうは出遅れるかわりに増え方が速い。この2本が入れ替わる年齢が損益分岐点です。
交点より手前で受け取りを終えるなら、早く始めたほうが多く受け取っています。 交点を過ぎて生きるなら、遅く始めたほうが多くなります。 それだけの話ですが、どちらになるかは選べません。
計算のしかた
累計額は、開始してからの直線です。年額を12で割った月額に、受け取った月数を掛けるだけです。
2本の直線が等しくなる点を解けば、分岐する時点が出ます。 65歳を0か月として、AとBそれぞれの開始月と年金額を置くと、次の形になります。
年ごとに累計額を並べて「初めて上回った年」を探す方法もありますが、 それだと答えが1年単位に丸まります。 損益分岐は「81歳」と「81歳11か月」で受け取り方の判断が変わることがあるので、式を解いて月まで出すほうが実用的です。
式の形からも分かるように、分岐する時点は2つの年金額の比と開始月の差だけで決まります。 どちらも制度で決まっている値なので、計算する人によって答えが変わることはありません。 年金の話には推定や前提の置き方で答えが動くものが多いなかで、 ここは珍しく1つに定まる部分です。
年金額に左右されない理由
損益分岐の年齢は、年金額がいくらでも同じです。理由は単純です。
増額率も減額率も、65歳から受け取る場合の年金額に対する割合で決まっています。年金額が2倍になれば、 早く始めたほうの累計額も遅く始めたほうの累計額も、どちらも2倍になります。 両方が同じ倍率で伸びるので、入れ替わる位置は動きません。
これは実務上とても便利な性質です。 ねんきん定期便が手元になくても、生年月日さえ分かれば損益分岐は計算できます。年金額を推測して埋める必要がありません。
逆に言うと、「いくら違うか」を円で知りたいときだけ年金額が要ります。 「70歳まで繰り下げると、90歳までに◯◯万円多く受け取れる」という言い方をするには、 ねんきん定期便の見込額が必要です。 順位だけを知りたいのか、金額まで知りたいのかで、用意するものが変わります。
同じ理由で、開始年齢の順位も年金額に左右されません。 「90歳まで受け取るなら71歳台の開始がいちばん多い」という結論は、 年金が月10万円でも月20万円でも変わりません。
よく見る「約81歳」はどこから来るか
65歳開始と70歳開始を比べたときの分岐年齢としてよく挙がる数字です。 出どころは、上の式に制度の増額率を入れた結果です。
70歳開始は5年(60か月)遅れます。そのかわり年金額が増えるので、 1か月あたりの差で60か月ぶんの遅れを取り戻していきます。 取り戻し終わるまでの月数を計算すると16年11か月ほどになり、 65歳から数えて約81歳11か月になります。
| 比較 | 追いつく年齢の目安 |
|---|---|
| 60歳開始 vs 65歳開始 | 80歳台の前半 |
| 65歳開始 vs 70歳開始 | 80歳台の前半 |
| 65歳開始 vs 75歳開始 | 80歳台の後半 |
| 70歳開始 vs 75歳開始 | 90歳台の前半 |
よく比べられる組み合わせと、追いつく年齢の目安
もうひとつ、60歳開始と65歳開始の分岐年齢が生年月日で変わることも押さえておいてください。 減額率が小さいほど、繰り上げても失う額が小さくなるので、追いつかれる年齢は後ろへ動きます。 「80歳10か月」といった数字を他人と共有しても、生まれが違えば当てはまりません。
手取りで比べると、少し後ろにずれる
ここまでの計算は、税金と社会保険料を引く前の額です。 手取りで比べると、分岐年齢は少し後ろへずれます。
公的年金は雑所得として課税されます。公的年金等控除を引いた残りに税金がかかるので、 年金額が大きいほど、控除を超えた部分が増えて税負担が重くなります。 繰り下げて年金額を増やすと、増えた分の一部は税と社会保険料へ回ります。
社会保険料も同じ向きに効きます。国民健康保険料・後期高齢者医療保険料・介護保険料は 所得に応じて決まるので、年金額が増えれば上がります。これは税金ではありませんが、 手取りは同じように減ります。
分岐年齢と、いちばん多くなる開始年齢は別のもの
損益分岐は「AとBのどちらが多いか」を答えます。 ですが、実際に選べるのはAとBの2つだけではありません。 60歳から上限の年齢まで、1か月きざみで170通りほどあります。
「何歳まで受け取るか」を決めて、その全部を計算すると、 累計額がいちばん多くなる開始年齢が1つ決まります。 そしてそれは、65歳でも70歳でも75歳でもない、途中の月になることが多いです。
さらに、比べる期間を変えると、この開始年齢は動きます。 80歳まで受け取る前提と95歳まで受け取る前提では、答えが別の場所に来ます。1つの正解は存在しません。
自分の生年月日で、選べる開始時期を全部計算した結果は年金、何歳から受け取ると累計額が多くなる?で確かめられます。比べる期間を動かすと、答えがどう移るかも見られます。
損益分岐で決めてはいけない理由
損益分岐は、判断の材料としては優秀です。 年金額を知らなくても計算でき、制度の値だけで決まり、誰が計算しても同じ答えになります。
ですが、これで受け取り方を決めるのは無理があります。理由は3つです。
1. 何歳まで生きるかは選べない
分岐年齢を超えるかどうかが、そのまま損得を決めます。 そして、それは事前に分かりません。 平均余命はありますが、半分の人はそれより長く生きます。 平均を見て「自分は超えない側だ」と決めるのは、根拠のある判断ではありません。
もっと言えば、分岐年齢を超えるかどうかは受け取り終えたあとにしか分かりません。 判断するのは受け取り始める前なので、答え合わせのできない数字を使っていることになります。
2. 待つあいだの生活費が計算に入っていない
繰下げは待つことでできています。 待っているあいだの生活費を資産から出せば、その資産は減ります。 年金だけを比べた分岐年齢には、この減りが入っていません。
3. 加給年金と在職老齢年金が入っていない
どちらも繰下げによる増額の対象外です。 当てはまる人にとっては、増額率で計算した分岐年齢そのものが成り立ちません。加給年金の対象かどうかは、加入記録を見ないと決まりません。
- 分岐年齢は2つを比べたときの参考。答えではありません。
- 年齢を1つ選ぶより、比べる期間を動かして答えがどれだけ動くかを見るほうが役に立ちます。
- 個別の条件(加給年金・在職中の支給停止)は、年金事務所で確かめる以外にありません。

