繰下げ受給とは
老齢年金は、本来の65歳より遅らせて受け取ることができます。これを繰下げ受給といいます。 遅らせた月数だけ年金額が増え、増えた額は生涯続きます。
ただし、増えるのは「これから受け取る毎月の額」であって、 待っているあいだの分がまとめて入るわけではありません。 待っている期間、年金は1円も入ってきません。ここが繰下げのすべてです。
増額率はどう決まるか
増額率は、受給権が発生した月から請求する月の前月までの月数で決まります。 年単位ではなく1か月きざみです。
「70歳か75歳か」という二択ではありません。 71歳7か月から受け取る、という選び方ができます。 実際、何歳まで受け取るかを決めて累計額を比べると、 いちばん多くなるのは節目の年齢ではなく、その途中にあることが多いです。
繰り下げられる上限の年齢は、生年月日で決まります。 令和4年4月の改正で上限が延びましたが、対象は昭和27年4月2日以降に生まれた方です。 それ以前に生まれた方の上限は変わっていません。
もうひとつ、増額率が65歳から受け取る場合の年金額に対する割合である点も 押さえておいてください。もとの年金額が大きい人ほど、増える金額も大きくなります。 率は誰でも同じですが、金額の効き方は人によってまったく違います。 「◯%増える」という説明だけでは、自分にとっていくらの話なのかは分かりません。
66歳が最初の選択肢になる理由
65歳の翌月から繰り下げられる、と思われがちですが、そうではありません。 繰下げ請求ができるのは、受給権が発生してから1年を過ぎてからです。 65歳から受け取る方の場合、最初に選べるのは66歳0か月になります。
つまり、65歳1か月から65歳11か月という開始月は、制度上そもそも存在しません。 60歳から75歳までを等間隔に並べて比べると、この11か月が候補に紛れ込み、選べない開始月が「いちばん多くなる」として出てくることがあります。
待っているあいだの生活費
繰下げを検討するときに最初に決めるのは、増額率ではなく何歳まで年金なしで暮らせるかのほうです。 ここが決まれば、繰り下げられる上限も自動的に決まります。
65歳から70歳まで待つなら、5年分の生活費を、働いた収入か資産から出すことになります。 年間の生活費が240万円なら1,200万円です。 この額を、増えた年金額と並べて見ないと、待つ価値があるかは分かりません。
| 請求する年齢 | 待つ期間 | 受け取らない年金 |
|---|---|---|
| 66歳 | 1年 | 1年分 |
| 68歳 | 3年 | 3年分 |
| 70歳 | 5年 | 5年分 |
| 75歳 | 10年 | 10年分 |
待つあいだに、受け取らずに済ませる年金(65歳からの年金額を基準にした年数)
この表は増額率を含んでいません。含めなくても分かることがあるからです。待った年数ぶんの年金を、先に手放しているという事実は、 増額率がいくらでも変わりません。
もうひとつ、待つ期間には健康保険料や介護保険料も発生し続けます。 年金が入っていなくても、これらの支払いは止まりません。 「年金なしで暮らせるか」を考えるときは、生活費だけでなく、 こうした固定的な支払いも数えてください。
働いて収入がある期間なら、この手放しは家計に響きません。 年金なしでは足りない期間があるなら、そこが繰下げの上限になります。生活防衛資金を取り崩して待つ形は、下がった相場と重なると苦しくなります。
繰り下げても増えないもの
「繰り下げれば年金の全部が増える」わけではありません。 増額の対象にならない部分があります。
加給年金・振替加算
厚生年金の加入が20年以上あり、65歳の時点で年下の配偶者や一定の子がいる場合に上乗せされるものです。 老齢厚生年金を繰り下げているあいだは受け取れず、待った分が増額されることもありません。 配偶者が65歳になると加給年金は終わるので、繰り下げると受け取れる期間そのものが短くなることもあります。
在職老齢年金で支給停止になっている部分
厚生年金に加入して働き、賃金と老齢厚生年金の合計が一定額を超えると、 老齢厚生年金の一部または全部が支給停止になります。 この止まっている部分は、繰り下げても増額の対象になりません。 増額率だけで計算すると、実際より多く見積もることになります。
基礎年金と厚生年金は、別々に繰り下げられる
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、それぞれ独立して繰下げを選べます。 両方を同時に繰り下げる必要はありません。
- 両方とも65歳から受け取る。
- 両方とも繰り下げる。増額は最大になるが、加給年金も止まる。
- 老齢厚生年金だけ65歳から受け取り、老齢基礎年金を繰り下げる。加給年金を受け取りながら、基礎年金を増やせる。
- 老齢基礎年金だけ65歳から受け取り、老齢厚生年金を繰り下げる。
3番目の形は、加給年金の対象になる方にとって現実的な選択肢になります。 ただし加給年金の額と、基礎年金の増額分のどちらが大きいかは人によって違うので、 自分の額で比べる必要があります。
待っている途中で亡くなったら
繰下げを待っているあいだに亡くなった場合、それまでの年金が消えるわけではありません。 遺族が未支給年金として請求できます。
ただし、そのとき受け取れるのは65歳にさかのぼった額(増額なし)です。 待った分の増額がそのまま残るわけではありません。 「10年待ったのだから84%増しで10年分」とはなりません。
この点は、繰下げが「長生きしたときに効く」仕組みであることの裏返しです。 増額は、これから受け取る期間に対して効きます。 受け取る前に終われば、効くはずだった期間そのものが無くなります。
何を見て決めるか
繰下げを決めるとき、順番があります。増額率から入ると、たいてい行き止まります。
- 何歳まで年金なしで暮らせるか。これが繰下げの上限を決めます。
- 65歳以降も厚生年金に加入して働くか。支給停止の分は増額の対象外です。
- 加給年金の対象か。当てはまるなら、基礎年金だけ繰り下げる形も候補になります。
- 何歳まで受け取る前提で比べるか。ここで累計額の順位が変わります。
最後の項目は見落とされがちです。 80歳まで受け取る前提と95歳まで受け取る前提では、 累計額がいちばん多くなる開始年齢がまったく違う場所に来ます。1つの正解を探すより、条件を変えたときにどう動くかを見るほうが役に立ちます。
自分の生年月日で、選べる開始時期をすべて計算した結果は年金、何歳から受け取ると累計額が多くなる?で確かめられます。年金の見込額を入れなくても、 いちばん多くなる開始年齢と、追いつく年齢は出ます。
最後に、急いで決める必要はない、ということも書いておきます。 繰下げは、あらかじめ「何歳まで待つ」と申し出る制度ではありません。 増額率は待った月数で決まるので、待っている途中で気が変わればそこで請求できます。 65歳の時点で決めきる必要はなく、毎年決め直せるものだと考えてください。

