「元本割れしない」が守っている範囲
個人向け国債は、満期前に換金しても国が額面どおりに買い取ります。 市場価格の影響を受けないため、買った金額が減って戻ってくることはありません。財務省もこれを明記しています。
ただし、ここで守られているのは「額面の金額」だけです。 受け取れるはずだった利子、お金の実質的な価値、他の選択肢を選んでいれば得られた利益。 これらは守られていません。損失が価格の下落として目に見えないだけで、 結果的に不利になる場面は存在します。
以下では、その中身を5つに分けて見ていきます。
1. インフレで実質的な価値が目減りする
これがいちばん大きく、いちばん見落とされやすい論点です。
物価が年2%上がる状況で、年1%の国債を持っていたとします。 満期には額面どおりのお金が戻り、利子も受け取れます。額面上は増えています。 しかし同じお金で買えるモノの量は減っています。 名目上は損をしていないのに、実質的には目減りしているという状態です。
この計算がマイナスになる期間は、実質的には資産が減っています。 預金のまま置いておくよりはましですが、 「元本が保証されているから安全」という言葉だけでは説明しきれない部分です。
変動10年はインフレにいくらか対応できる
物価が上がる局面では、通常、政策金利も引き上げられます。 変動10年は半年ごとに利率が見直されるため、金利上昇にある程度追随します。 固定型のように利率が据え置かれることはありません。
ただし追随するのは金利であって物価そのものではなく、 しかも基準金利に0.66を掛けた水準です。 インフレを完全に打ち消せるわけではない、という理解が正確です。
2. 金利が上がっても乗り換えにくい(固定型)
固定5年・固定3年を買ったあとに世の中の金利が上がると、 手元の国債の利率は据え置かれたまま、新しく発行される国債の利率だけが上がります。
「では乗り換えればいい」と考えたくなりますが、そう単純ではありません。 乗り換えるには中途換金が必要で、そのときは直前2回分の利子にあたる金額が差し引かれます。 さらに発行から1年間は換金自体ができません。
金利が上がっているときほど乗り換えたくなりますが、 そのときに支払うコスト(差し引かれる利子)も、利率が高いほど大きくなります。 利率が上がったから乗り換える、という判断は思ったほど有利になりません。
これは「損をする」というより「得をし損ねる」タイプの不利益です。 機会損失と呼ばれるもので、家計簿には現れませんが、確かに存在します。
3. 金利が下がると受取額が減る(変動型)
変動10年は金利上昇に強い一方で、金利が下がれば受け取る利子も減ります。 10年間ずっと現在の利率が続く前提で計算した金額は、あくまで目安にすぎません。
下限として年0.05%の最低金利保証がありますが、 これは「受取額がゼロにはならない」という保証であって、 期待した水準が維持される保証ではありません。
当サイトのシミュレーションでも、変動10年は現在の利率が満期まで続いた場合として計算しています。 固定型の数字は購入時点でほぼ確定しますが、変動型の数字は参考値である、 という違いを意識して見てください。
4. 1年間は換金できない
個人向け国債は、発行から1年間は原則として中途換金できません。 3タイプすべてに共通する制約です。
ここで注意したいのは、起算点が「購入日」ではなく「発行日」だという点です。 募集期間に申し込んでから発行されるまでには1か月ほどの間があるため、 実際には申込から1年1か月ほど資金が動かせないことになります。
例外は2つだけ
- 災害救助法の適用対象となった大規模な自然災害により被害を受けた場合
- 保有者本人が亡くなった場合
失業した、急に医療費が必要になった、といった個人的な事情は例外に含まれません。 この制約があるため、生活防衛資金や近く使う予定のあるお金を 個人向け国債に入れるのは避けたほうが無難です。
5. 中途換金では利子が差し引かれる
1年を過ぎればいつでも換金できますが、そのときには中途換金調整額が差し引かれます。
差し引かれるのは受け取った利子の一部であって、元本ではありません。 そのため元本割れは起きませんが、直近1年分の利息がほぼ失われると考えておくと実態に近くなります。
利率が高いほど、差し引かれる金額も大きくなります。 有利な条件で買えたときほど、途中でやめるコストが高くつく構造です。 計算の具体例は中途換金の記事にまとめています。
国の信用リスクは考えなくていいのか
国債である以上、発行体である日本国が返済できなくなるリスクは、理屈のうえでは存在します。 ただし日本国債は自国通貨建てで発行されており、 国内で流通する円建ての金融商品としては最も信用力が高い部類に位置づけられます。
比較としてよく挙がるのが預金保険(ペイオフ)です。 銀行預金は1金融機関あたり元本1,000万円とその利息までが保護対象ですが、国債は預金保険の対象外です。
| 銀行預金 | 個人向け国債 | |
|---|---|---|
| 守る仕組み | 預金保険制度 | 国が直接の債務者 |
| 保護の上限 | 1金融機関あたり元本1,000万円と利息 | 上限なし(国が返済義務を負う) |
| 対象外になる場合 | 上限を超える部分 | 国が返済できない場合 |
預金保険の対象外であることは、必ずしも不利を意味しません。守る主体が保険機構ではなく国そのものである、という違いです。
1,000万円を超える資金を1つの銀行に置いている場合、 預金保険の上限を超える部分は保護されません。 その観点では、国債に振り分けることが分散になるという整理も成り立ちます。
預金と比べて、リスクは増えるのか
ここまで挙げてきたリスクを見て、 「やはり預金のほうが安全なのでは」と感じたかもしれません。 そこで、預金と並べて確認しておきます。
| 普通預金 | 個人向け国債 | |
|---|---|---|
| 元本が減るか | 減らない | 減らない |
| いつでも引き出せるか | できる | 1年間はできない |
| インフレの影響 | 受ける(利率が低いぶん大きい) | 受ける |
| 金利上昇への追随 | ある程度追随する | 変動型は追随、固定型はしない |
| 利率の水準 | 低い | 預金より高いことが多い |
並べると、個人向け国債が預金より不利なのは「1年間引き出せない」という一点だとわかります。インフレの影響はどちらも受けますし、 むしろ利率が低い預金のほうが目減りは大きくなります。
言い換えると、判断すべきなのは「安全かどうか」ではなく 「そのお金を1年以上動かさずに済むかどうか」です。 動かさずに済むなら、預金に置き続けることのほうが実質的な目減りにつながりえます。
定期預金も選択肢になります。ただし全銀行平均で見ると、 定期預金の店頭表示金利は普通預金と大きく変わらない水準にとどまっています。 当サイトのシミュレーションでは、日本銀行が公表する平均値をプリセットとして使えます。
買う前に、自分の場合で確かめておくこと
ここまでの5つは、どれも「起こりうること」であって「必ず起こること」ではありません。 自分にとってどれが効くかは、使う時期と金額によって変わります。 判断の前に、次の3つを数字で押さえておくと迷いにくくなります。
- そのお金をいつ使う予定か。1年以内なら、そもそも候補から外れます
- 途中で使う可能性がどれくらいあるか。可能性が高いほど、換金の条件が効いてきます
- 預金のままと比べて、受け取る利息がいくら変わるか
3つ目は、いま募集されている条件を入れれば計算できます。 金額と使う時期を入れるだけで、預金のままの場合との差が出ます。
預金を国債にしたら、利息はいくら増える? で、自分の金額のまま確かめられます。
リスクの整理と、向き不向き
| リスク | 現れ方 | 効きやすい場面 |
|---|---|---|
| インフレ | 額面は減らないが実質価値が目減り | 物価上昇が利率を上回るとき |
| 金利上昇 | 有利な新発債に乗り換えにくい | 固定型を長く持っているとき |
| 金利低下 | 受取利子が減る | 変動型を持っているとき |
| 流動性 | 1年間換金できない | 急にお金が必要になったとき |
| 中途換金 | 直近2回分の利子が差し引かれる | 満期前にやめるとき |
こうして並べると、個人向け国債のリスクは「値下がり」ではなく「時間の縛り」に集中していることが見えてきます。 満期まで置いておけるお金であれば、これらの多くは問題になりません。 逆に、いつ使うか決まっていないお金では、ほぼすべてが効いてきます。
向いているのは、当面使う予定がなく、値動きを気にしたくないお金です。 向いていないのは、1年以内に使う可能性があるお金と、 インフレを上回る成長を狙いたいお金です。
自分の資金がどちらに当たるかは、金額と使う時期を入れてみると整理しやすくなります。 預金のまま置いた場合との差も同時に確認できます。


