順番が結果を変える
資産を取り崩しながら暮らしていると、同じ平均利回りでも、値動きが来る順番によって結果が変わります。 最初の数年に大きく下がるか、後半に下がるかで、資産が続く年数が変わります。
この、順番によって結果が変わる性質を、 収益率配列のリスク(sequence of returns risk)と呼びます。 FIREの計画でいちばん効いてくるのが、この辞めた直後の下落です。
なぜ取り崩し中だけ効くのか
積み立てている時期は、資産に入れる額が決まっていて、出ていく額はありません。 値段が下がった年は、同じ金額でより多く買えます。 あとで戻れば、安く買った分がそのまま利益になります。
取り崩している時期は逆です。出ていく額(生活費)が決まっていて、 入ってくるのは運用益だけ。下がった年も同じ金額を引くので、資産に対する取り崩しの割合が大きくなります。 3,000万円から300万円を引けば10%ですが、 2,000万円まで下がったあとの300万円は15%です。
その結果、元本が削られた状態で相場の回復を待つことになります。 回復しても、削られた分が戻るわけではありません。
同じ平均でも、結果が違う
3,000万円から毎年150万円(5%)を取り崩す場合で、 値動きの順番だけを入れ替えて比べます。 どちらも3年間の平均は同じです。
| 1年目 | 2年目 | 3年目 | 3年後の資産 | |
|---|---|---|---|---|
| 先に下がる | −30% | +10% | +20% | 約2,020万円 |
| 後で下がる | +20% | +10% | −30% | 約2,300万円 |
値動きの順番を入れ替えた場合(3,000万円から年150万円を取り崩す)
3年間に起きたことは同じで、順番が違うだけです。 それでも約280万円の差がつきます。取り崩す年数が長くなるほど、 この差は開いていきます。
できること
相場の順番は選べません。選べるのは、下がった年に何をするかです。
1. 現金を数年ぶん持っておく
下がった年に値動きのある資産を売らずに済むよう、 生活費の2〜3年ぶんを現金や短期の債券で持っておく方法です。 回復を待てるぶん、削られる額が減ります。 そのかわり、待機している分は物価に追いつきません。
2. 下がった年は生活費を抑える
取り崩す額そのものを減らせれば、資産に対する割合が上がりません。 毎年同じ額を引く前提の計算より、実際にはもつことになります。生活費のうち、削れる部分がどれだけあるかを先に知っておくと、 この手が使えます。
3. 少しでも働く
下がった年だけでも収入があれば、その分は取り崩さずに済みます。 働き方を変えられる状態を残しておくこと自体が、この risk への備えになります。
4. 辞める年をずらす
必要額ぎりぎりで辞めると、直後の下落に耐える余地がありません。 1年分でも余裕を持って辞めると、最初の数年の下落を吸収できます。
- 下落30%を想定して、それでも足りるかを確かめる。
- 足りないなら、辞める時期・生活費・働き方のどれかを動かす。
- 利回りの前提を上げて帳尻を合わせない。それは何も解決しません。
どこから取り崩すかを、先に決めておく
持っている資産は1種類ではありません。預金・債券・投資信託・株式が 混ざっているのが普通です。どこから引き出すかを決めておくと、 下がった年に慌てずに済みます。
よくある置き方
- まず預金から。値動きしないので、いつ引き出しても額が変わりません。
- 次に債券。株式より値動きが小さいので、下がっていても傷が浅く済みます。
- 最後に株式。下がっている年はできるだけ売らずに、回復を待ちます。
この順番にしておくと、下落の年に値動きの大きい資産を売らずに済みます。 そのかわり、預金と債券の割合が高いほど、 全体として増える力は落ちます。もつことと増やすことは、両立しません。
どれくらい現金で持つか
決まった正解はありませんが、生活費の2〜3年ぶんを目安にする 考え方があります。下落から回復するまでの期間を、 売らずにしのぐための待機資金という位置づけです。
多く持てば安心ですが、その分は物価に追いつきません。 年360万円の生活費で3年ぶんなら1,080万円。物価が年2%なら、 この待機資金は1年で20万円ぶんの購買力を失っていることになります。 それは売らずに済ませるための費用です。
辞める時期そのものを、条件にする
いちばん効く備えは、辞める時期を固定しないことです。 「◯歳になったら辞める」と決めてしまうと、 その年がたまたま下落の直後でも、辞めることになります。
条件で決める
年齢ではなく、資産の額で決める形にしておくと、 下落の直後に辞めることを避けられます。 「必要額の1.1倍に届いたら」といった置き方です。
1割の余裕があれば、辞めた直後に1割下がっても 必要額を割りません。余裕をどれだけ見るかは、その後に働ける余地がどれだけあるかで決まります。 いつでも働ける状態なら余裕は小さくてよく、 そうでないなら大きく見ておく必要があります。
1年ずらすと、二重に効く
辞める年を1年遅らせると、積立が1年ぶん増え、 取り崩す年数が1年減ります。増える側と減る側の両方が動くので、 1年の差は思ったより大きく効きます。
平均で計算する限界
FIREの必要額を出す計算は、たいてい「毎年同じ利回り」を前提にしています。 ToMiの試算も同じです。単純だから比べやすく、前提を動かしたときの 効き方が分かるという利点があります。
ただし、その答えは順番の違いを写せていません。 だから、出た年数をそのまま予定として使わないでください。 確かめるべきなのは、平均どおりに行った場合ではなく、悪い順番で来た場合でも成り立つかのほうです。
もうひとつ、順番のリスクを小さくする方法があります。取り崩し始める時期を分けるという考え方です。
辞めてすぐに全額の取り崩しを始めるのではなく、 最初の数年は退職金や現金でしのぎ、 値動きのある資産に手を付けるのを遅らせる。 こうすると、いちばん危ない最初の数年を、 売らずにやり過ごせる可能性が上がります。
年金の繰下げも、似た効き方をします。 65歳から受け取るところを70歳まで待つと、受け取る額は増えます。 そのかわり、待っている5年間は資産から出すことになるので、その期間の取り崩しは増えます。 どちらが有利かは、資産の額と、どれだけ長生きするかで変わります。
共通しているのは、順番のリスクに対して打てる手が相場の予想ではないということです。 いつ下がるかは選べませんが、 下がったときにどう振る舞うかは、先に決めておけます。
この話が効くのは、FIREだけではない
取り崩しながら暮らすという点では、 定年後の生活も同じです。65歳で退職して年金と貯蓄で暮らす場合も、 辞めた直後に大きく下がれば同じことが起きます。
違うのは期間です。65歳から取り崩すなら25年ほど、 50歳から取り崩すなら45年ほど。期間が長いほど、悪い順番に当たる可能性は上がります。 早く辞めるほどこの話が重くなるのは、そのためです。
逆に言えば、年金の受け取りが始まったあとは効き方が弱まります。 取り崩す額そのものが減るので、下落の影響も小さくなるからです。 いちばん危ないのは、辞めてから年金が始まるまでの期間ということになります。

