「扶養」は3つある
「扶養を外れる」という言い方は、日常ではひとまとめに使われます。 しかし制度としては、少なくとも3つの別々の決まりが同じ言葉で呼ばれています。 判定する人も、変わるものも、切り替わる日も、3つとも違います。
この3つを1本の数直線に並べて「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」と書いた図をよく見かけます。 並べると同じ種類の区切りに見えますが、実際には種類が違うものを並べていることになります。 金額を覚えても、自分がどれに当たるのかは分かりません。
税金の扶養:変わるのは配偶者の税金
税金の扶養とは、配偶者控除と配偶者特別控除のことです。 ここで変わるのは、働いている本人の税金ではありません。配偶者(控除を受ける側)の税金です。
働く人の収入が増えると、配偶者が受けられる控除が小さくなります。 控除が小さくなると、配偶者の課税される所得が増え、その分だけ配偶者の税金が増えます。 つまり、働いた本人の給与明細を見ても変化は出ません。変化が出るのは配偶者の側です。
税金の扶養でいちばん誤解されているのは、上限を1円超えた瞬間に控除がゼロになるという理解です。 実際にはそうなっていません。配偶者控除が受けられなくなる所得を超えても、 そこから配偶者特別控除へ地続きに移り、段階的に小さくなっていきます。 この仕組みは「働きすぎると急に損をする」ことを避けるために作られたものです。
控除の額と段の切れ目は年によって変わります。金額そのものは配偶者控除・配偶者特別控除とは?で、 出典と確認日を付けて扱っています。
もうひとつ覚えておきたいのは、控除が減ることと、税金がその額だけ増えることは別だということです。所得控除が減ると増えるのは課税される所得で、 税金はそこに税率をかけて計算されます。実際に増える税額は、 減った控除に税率をかけた分だけです。控除が38万円減っても、 税金が38万円増えるわけではありません。
社会保険の扶養:変わるのは自分の保険料
社会保険の扶養は、税金とはまったく別の判定です。 ここで変わるのは配偶者の税金ではなく、自分が健康保険料と年金保険料を払うかどうかです。 金額の影響は、多くの場合こちらのほうが大きくなります。
そして判定の順番も違います。税金は1年間の所得で決まりますが、 勤務先の健康保険・厚生年金に入るかどうかは、年収では決まりません。 週の所定労働時間と勤務先の規模が先に来ます。
この条件をすべて満たすと、勤務先の社会保険に入ります。どこかで外れた場合は、 次に「配偶者の健康保険の被扶養者でいられるか」を別に判定します。 被扶養者から外れ、しかも勤務先の社会保険にも入らない場合は、 国民健康保険と国民年金を自分で払うことになります。
3つの道がある
- 勤務先の健康保険・厚生年金に入る。保険料は勤務先と折半で、将来の厚生年金も増える
- 配偶者の健康保険の被扶養者のまま。自分の保険料は0円
- どちらでもない。国民健康保険と国民年金を全額自分で払う
この3つ目の道に入りやすいのは、時給が高い仕事で短い時間だけ働いている場合です。 週の所定労働時間の条件を満たさないので勤務先の社会保険には入らず、 それでいて収入は被扶養者の基準を超えてしまう。そういう組み合わせが起こり得ます。 国民年金の保険料は全国一律で額が決まっていますが、 国民健康保険の保険料は自治体・所得・世帯構成で変わるため、 お住まいの市区町村で確認しないと金額が分かりません。
逆に、勤務先の社会保険に入る道には、保険料の負担と引き換えに得られるものがあります。 保険料は勤務先と折半になりますし、厚生年金に入るので将来受け取る年金も変わります。 病気やけがで働けないときの傷病手当金、出産のときの出産手当金も、 勤務先の健康保険に入っていなければ受け取れません。短期の手取りだけを見て「損」と決めると、この部分が抜け落ちます。
会社の配偶者手当:法令ではない
3つ目は、配偶者の勤務先から出る配偶者手当(家族手当)です。 これは法令ではなく、会社ごとの就業規則・給与規程で決まっています。 支給の有無も、金額も、なくなる条件も、会社によって違います。
税金や社会保険と決定的に違うのは、段階的に減るとは限らないことです。 税金は控除が段階的に小さくなり、社会保険料は収入に応じて増えます。 一方で配偶者手当は、条件を1円超えた月から全額なくなることがあります。
月1万円の手当なら、年間で12万円です。税金や社会保険料の増え方より大きくなることも珍しくありません。 それにもかかわらず、公表された資料には載っていないので、自分で規程を確認するしかありません。
さらにややこしいのは、会社が「扶養の範囲」と呼ぶ基準が、 税法上の基準とも社会保険上の基準とも一致するとは限らないことです。 税法に合わせている会社もあれば、健康保険の被扶養者かどうかを条件にしている会社もあり、 独自の金額を決めている会社もあります。 「扶養」という同じ言葉が使われているせいで、3つとも同じ基準だと思い込みやすくなっています。
3つが混ざると、何が起きるか
3つが別々の決まりだということは、切り替わる位置も別々だということです。 税金の控除が小さくなり始める収入と、社会保険に入る収入と、会社の手当がなくなる収入は、一致しません。
しかも、どこで切り替わるかは人によって違います。 週に何時間働くか、勤務先が何人規模か、配偶者の収入がいくらか、手当の条件が何か。 これらが変われば、切り替わる位置も全部変わります。「◯万円の壁」という共通の答えが存在しないのは、このためです。
もうひとつ、時期の問題があります。社会保険の加入条件は制度改正で変わりますし、 税金の控除額も年によって変わります。去年の記事に書かれていた金額が、 今年も同じとは限りません。金額を覚えるより、何がどの決まりで決まっているかを覚えておくほうが長持ちします。
自分の場合を確かめる
3つの決まりを理解したうえで実際に決めるには、自分の条件を入れて計算するしかありません。 必要なのは、いまの年収、これからの働き方(時給と週の時間)、勤務先の規模、 配偶者の年収、そして配偶者手当の条件です。
ToMiの扶養を外れて働くと、世帯手取りはいくら増える?では、この3つをすべて差し引いたうえで、世帯の手取りがいくら変わるかを出します。 「扶養の中でいちばん稼いだ場合」と比べて、外れるなら年収いくらまで働けば元が取れるかも逆算します。
大事なのは、働くか働かないかの二択ではないということです。 扶養を外れた直後は負担が先に来るため、中途半端に超えるといちばん損をします。 越えるなら一気に越えたほうが早く戻ります。その分かれ目がどこにあるかは、 金額を並べた記事ではなく、自分の条件で計算しないと出てきません。
