結論から
金を勧める文章では、ほとんど必ずこの言葉が出てきます。 否定したいわけではありません。当たっている面はあります。
ただし、当たっている面と、そうでない面を分けておかないと、 いちばん頼りたい場面で当てが外れます。
なぜ「有事の金」と言われるのか
金には、ほかの資産にはない性質がいくつかあります。 これが「危機のときに買われる」と言われる理由になっています。
- どこかの国や会社が発行したものではないので、その破綻で紙くずにならない
- どの国でも換金できる。持ち運べる形にもできる
- 量を勝手に増やせない。刷って増やせる通貨とはそこが違う
株式は、その会社が無くなれば価値が消えます。 債券も、発行した国や会社が返せなくなれば戻りません。 預金にも、預けた銀行が破綻すれば保護される範囲に上限があります。
金にはその「相手」がいません。誰かの約束に頼らない資産だという点が、 国や金融機関そのものが疑われる場面で意味を持ちます。
もう一つ、歴史の長さも理由に挙げられます。 金が価値のあるものとして扱われてきた期間は、 いまある国のどれよりも、どの通貨よりも長くなります。 その長さ自体が、次も価値を持ち続けるだろうという見方の支えになっています。 もっとも、長く続いたことは続く保証ではありません。
通貨への不安が高まった局面で金が買われてきたのも、この性質があるからです。 自国の通貨が信用を失った国では、実際に金が持ち出しやすい財産として使われました。
危機の場面で下げたこともある
ここからが、あまり書かれない側の話です。 危機のときに金が必ず上がるわけではありません。
金融危機のような場面では、多くの投資家が現金を必要とします。 借りたお金を返す必要が出たり、値下がりした資産の穴を埋める必要が出たりするためです。
そのとき、まず売られるのは売りやすいものです。 金は世界中に買い手がいて換金しやすいので、 手放しやすい資産として真っ先に売られることがあります。
実際に、株が急落した月に金も一緒に下げた例があります。 株が下げたから金が上がる、という単純な関係ではありません。
もう一つ、「有事に強い」を検証しにくい理由があります。どの期間を切り取るかで、結論が変わってしまうことです。 危機の直前から数えれば上がって見え、 危機の途中から数えれば下がって見える、ということが起きます。
比べる通貨によっても見え方が変わります。 ドルで見れば下げていた期間でも、 その間に円が弱くなっていれば、円で見ると上がっていることがあります。 日本語で書かれた記事が円で見た話なのか、 ドルで見た話なのかは、意外と書かれていません。
さらに、危機の種類によっても違います。 特定の国や金融機関への不安が中心の危機と、 世界中で現金が足りなくなる危機では、金の動き方が変わります。 前者では逃げ先として買われやすく、 後者では換金される側に回りやすい、という違いがあります。「有事」とひとくくりにできないのは、このためです。
インフレに強い、はどこまで言えるか
もう一つよく聞くのが「インフレに強い」です。 物価が上がると通貨の価値が下がるので、 量の増えない金が相対的に強くなる、という理屈です。
長い目で見れば、この方向は間違っていません。 ただし毎年そろって動くわけではありません。
| 言われていること | 実際のところ |
|---|---|
| 物価が上がると金も上がる | 方向は合うが、上がり方はそろわない |
| インフレの年は必ず勝つ | 物価に負けた年もある |
| 長く持てば必ず追いつく | 追いつくまでに10年以上かかった時期もある |
比べる相手にも気をつけたいところです。 「インフレに強い」と言うとき、何と比べているのかが曖昧なままだと、 評価のしようがありません。現金と比べるのか、預金と比べるのか、 株式と比べるのかで、答えはまるで変わります。 株式は物価が上がる局面でも利益を伸ばせる会社があるので、 長い期間で見れば金より強かった時期もあります。
物価が上がっている年に金が下げたこともあります。 金利が上がると、利息を生まない金の不利が目立つためです。 物価とだけ結びつけて考えると、この動きが説明できません。
そもそも、日本に住む人にとっては為替も同時に効きます。 物価が上がっている国の通貨が弱くなれば、 その国の物価上昇と、円で見た金の値段は違う動きをします。 国内の物価だけを見て金の成績を評価すると、 何と何を比べているのか分からなくなります。
生活を守る目的で考えるなら、時間の単位を長く取る必要があると押さえてください。 来年の物価上昇を金でしのぐ、という使い方には向きません。
いちばん効くのは金利かもしれない
有事やインフレより、日々の値動きに効いていると言われるのが金利です。
図のとおり、金は持っていても何も生みません。 預金や債券の利息が高いときに金を持つということは、その利息を諦めるということです。
利息が高いほど、諦める額も大きくなります。 だから金利が上がる局面では金が売られやすく、 金利が下がる局面では買われやすくなります。
正確には、物価の上昇を差し引いたあとの金利が効くと言われます。 金利が5%でも物価が6%上がっていれば、 利息を受け取っても実質では目減りしています。 その状態では、利息を生まない金の不利は小さくなります。見た目の金利ではなく、物価を引いたあとの金利で考えると、 過去の動きがうまく説明できることが多くなります。
ここが分かると、「危機なのに金が下がった」という場面も説明がつきます。 危機に対応するために金利が上がっていれば、 金にとっては向かい風が吹いている状態だからです。
この性質を、どう使うか
ここまでを整理すると、金への期待の置き方が決まってきます。
- 下げを防ぐ保険としては当てにしない。そろって下げた年がある
- 株とそろいにくい年が多い、という程度の効果として置く
- その効果を狙うなら、量は資産全体の一部にとどめる
そもそも、下げを防ぐことだけを目的にするなら、 現金を厚めに持つほうが確実です。現金は値下がりしません。 金を持つ意味があるとすれば、現金では守れないもの、つまり通貨そのものの価値が落ちる場面です。 何から守りたいのかをはっきりさせると、 金を持つべきかどうかの答えも変わってきます。
「有事に上がるはずだ」と思って多めに持つと、 有事に下げた年に、期待していた効果が無いばかりか、 収入を生まない資産を多く抱えていた分だけ不利になります。
逆に、割合を決めて持っておけば、 金が上がった年には自然と割合が増えるので、 その分を売って下がったものを買い足すという動きが機械的に回ります。当てにいくのではなく、仕組みとして使うほうが現実的です。
過去にどう動いたかは、期間を選べば結論が変わります。自分で期間を変えて試算すると、3年・5年・10年・20年で結果がどれだけ違うかがそのまま出ます。
持ち方によっても、危機のときの使いやすさは変わります。 証券口座のETFは売買しやすい一方で、 市場が閉まっていれば動かせません。現物は手元にありますが、 買い取ってくれる店が開いていなければ現金になりません。どんな危機を想定するかで、向いている持ち方も変わります。
そのうえで、いくらまでなら持てるかは 下げたときに耐えられるかで決まります。 期待の大きさではなく、耐えられる額のほうが先に上限を決めます。
